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【専門家が徹底解説】遺産分割前の預金引出し完全ガイド|知らないと損する新ルール

ご親族が亡くなられた後、「葬儀費用や当面の生活費を、故人の預金から支払いたい」と考えるのは当然のことです。

しかし、この「遺産分割前の預金引出し」には厳格なルールがあり、安易に行うと後々大きなトラブルに発展しかねません。

2019年の民法改正でルールが大きく変わりました。ここでは、制度の内容と、実務上の注意点を徹底的に解説します。

第1章 大原則:なぜ口座は「凍結」されるのか

まず、すべての基本となる原則です。

 

 1.故人名義の預金は「相続人全員の共有財産

    相続が発生した瞬間、預金は個人のものではなく、相続人全員の共有物となります。


 2.金融機関は「口座を凍結」する

    金融機関が名義人の死亡を知ると、直ちに口座を凍結し、入出金や振込を一切停止します。これは、一部の相続人が勝手に預金を引き出   し、他の相続人の権利を侵害することを防ぐための、金融機関の正当な義務であり措置です。

 このため、原則として、相続人全員による遺産分割協議が成立し、全員の合意に基づいて正式な相続手続きを踏まない限り、預金を引き出すことはできません。

第2章 例外:遺産分割前に引き出すための2つの「合法的」手段

原則を貫くと、葬儀費用や残された家族の生活費にも困る事態が生じます。そこで、法律は以下の2つの例外的な方法を認めています。

 

手段① 金融機関で直接「仮払い」を受ける制度

  家庭裁判所を介さず、比較的簡易に手続きできる方法です。

 

 1.払戻し可能額

     以下の計算式で算出された金額が上限です。

     (相続開始時の預金残高)× 1/3 × (引き出す人の法定相続分)

 

 2.重要な上限規制

  上記計算式の金額にかかわらず、1つの金融機関からこの方法で払い戻せる上限は150万円です。

     (※同一銀行のA支店とB支店に口座があっても、合算して150万円が上限となります。)

 

《具体例》

  •  相続人:妻、長男、長女の3人
  •  法定相続分:妻 1/2、長男 1/4、長女 1/4
  •  遺産:A銀行に900万円、B銀行に600万円の預金

 

  【妻がA銀行から払い戻しを受ける場合】

  •  計算式:900万円 × 1/3 × 1/2 =150万円
  •  金融機関ごとの上限150万円の範囲内ですので、150万円まで払い戻しが可能です。

 

  【長男がA銀行から払い戻しを受ける場合】

  •  計算式:900万円 × 1/3 × 1/4 = 75万円
  •  上限150万円の範囲内ですので、75万円まで払い戻しが可能です。

 

  【妻がB銀行からも払い戻しを受ける場合】

  •   計算式:600万円 × 1/3 × 1/2 = 100万円
  •  A銀行とは別の金融機関ですので、新たに上限150万円の枠が適用されます。100万円まで払い戻しが可能です。

 

3.実務上の注意点

 ① 時間と手間がかかる:故人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本など、大量の書類収集が必要です。手続き完了まで数週間かかることもあります。


 ② 他の相続人への説明責任:この手続きは単独で行えますが、金融機関が他の相続人に通知する義務はありません。後で「なぜ勝手に引き出したのか」と揉めないよう、事前に相談するか、事後速やかに報告と使途の説明をすることが賢明です。

 

4.必要書類

 ① 被相続人(亡くなられた方)の除籍謄本、 戸籍謄本または全部事項証明書 (出生から死亡までの連続したもの)

 ② 相続人全員の戸籍謄本または 全部事項証明書

 ③ 預金の払戻しを希望される方の印鑑証明書

 ④ 本人確認書類


 

手段②:家庭裁判所の「保全処分」を利用する

  手段①の金額では不足する場合や、すでに相続人間で争いがある場合に利用する、より強力な方法です。


 

1.利用の前提条件

    この方法は、家庭裁判所に「遺産分割調停または審判」を申し立てていることが前提です。単独では利用できません。

 

2.払戻し可能額

    手段①のような一律の計算式や上限額はありません。裁判所が、


    ① 払戻しの必要性(葬儀費用、未払いの医療費、相続債務の弁済、相続人の生活困窮など)

    ② 他の相続人の利益を不当に害さないか

 

    といった事情を総合的に審査し、必要と認める額の仮払いを命じます。

 

3.実務上の注意点

 ① 専門知識が必要:申立てには法的な主張や立証が求められるため、弁護士への依頼が事実上必須となります。

 ② 時間と費用:裁判所の手続きであるため、解決までには相応の時間と弁護士費用がかかります。


 

4.必要書類

 ① 庭裁判所の審判書謄本 (審判書上確定表示がない場合は、 さらに審判確定証明書も必要)

 ② 預金の払戻しを希望される方の印鑑証明書

 ③ 本人確認書類

第3章:最重要|仮払いで受け取ったお金の「本当の意味」

この制度を利用する上で、絶対に誤解してはならない法的性質があります。

 

 ① 仮払いは「遺産の前借り」である

    仮払いされた金銭は、法律上**「遺産の一部の分割を先行して受けたもの(みなし分割)」と扱われます。決して、ご自身の取り分に上乗せされる「おまけ」ではありません。

 

 ② 最終的な遺産分割で「精算」される

    最終的な遺産分割協議において、あなたの取得する遺産総額から、仮払いで受け取った金額は必ず差し引かれます。

 

 ③【最大のリスク】使いすぎると「返還義務」が生じる

    万が一、仮払いで受け取った金額が、最終的に確定したあなたの相続分を超えてしまった場合、その超過分は他の相続人に返還する義務を負います。安易な使い込みは絶対に避けてください。


 

【結論】凍結された口座の預金を引き出すためのベストな行動

相続における預金の取り扱いについて、トラブルを避け、円満に進めるための優先順位は以下の通りです。

 

1.【最優先】相続人全員での合意形成

    まずは相続人全員で話し合い、必要な費用の支払いや解約手続きについて合意を目指してください。全員の署名・実印が揃った正規の手続きが、最も迅速かつ円満な解決策です。


2. 【次善策】緊急時の「仮払い制度」の慎重な利用

    全員の合意形成が難しい、または時間がかかる場合で、緊急の資金需要がある場合に限り、仮払い制度の利用を検討します。その際は、何のためにいくら使ったのか、必ず領収書を保管し、資金使途を明確にしておきましょう。


3. 【最終手段】専門家への相談と法的手続き

   相続人間の対立が深刻で、話し合いによる解決が見込めない場合は、一人で抱え込まず、直ちに相続に詳しい専門家にご相談ください。

感情的な対立が深まる前に、法的な観点から最適な道筋をご提案します。

 

相続手続きは、法律知識だけでなく、親族間の感情も絡むデリケートな問題です。

適切な手順を踏むことが、無用な争いを防ぎ、故人を穏やかに弔うための第一歩となります。

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